過去との対話を楽しめる…そんな人間でありたい

まずは読んだ本の紹介……そして広がる世界……だといいなあ

008) ハンフリー・ボガードとハードボイルド……名前も実は似ている……

答えるのに困る質問というのがある

 

その一つは「一番好きな映画はですか?」
(むろん、映画の代わりに、本でも、小説でもなんで入れられる)

 

一番好きな映画だって?

そんなもの、その日によって違うに決まっている

一番好きな映画は当然無数にある

 

しかし、「一番観た映画は何ですか?」という質問にはたぶん答えることができる

たぶん、それは「カサブランカ」だ

 

 

ご存じ、ハンフリー・ボガードイングリッド・バーグマンラブロマンス

 

アメリカが連合国として参戦した1942年に作られた映画なので
実は、反枢軸(日独伊)のプロパガンダがちりばめられている

 

が、それがいい

プロパガンダシーンがどれもかっこいい

 

たとえば……

店内のドイツ軍人たちが「ラインの守り」歌うのに対して
反独レジスタンスのリーダー・ラズロが「ラ・マルセイエーズ」を演奏させると
店内のすべての客が起立し、合唱するシーン

 

ここは、何度見ても鳥肌が立つ

Viva la France!
Viva la democratie!

と、一緒に叫びたくなる

 

カサブランカ」という映画の良さは、
ボギーのかっこよさ、バーグマンの美しさ……だけではなくて

ハンフリー・ボガード演じるリックの店に集まる人々の魅力だ

 

「As Time Goes By」を歌うサム、カサブランカの警察署長のルイはもちろんのこと
バーテンダー、ウェイター、カジノのディーラー、リックに振られた女性、
亡命に成功しそうなドイツ系の老夫婦、ギタリスト、ブルガリア人の若夫婦
掏摸(スリ)、リックのライバル店の亭主……

 

彼らの小さな行動の積み重ねが

プロパガンダの……いやいやラブストーリーに重厚さを出している

 

細かいシーンがかっこいいのよ!
ほんとうに!

 

友人の警察署長ルイはそれをよくわかっていたのだが……
カサブランカ」のリックは、シニカルだけど、実はセンチメンタリスト
現実的に見えるけど、実は弱い者の味方

 

ナチスドイツという敵があるので、やはりグッドマンにならざるを得ない
その意味では、ハードボイルドのヒーローにはなり切れていない

 

「マルタの鷹」

 

でも、ハンフリー・ボガードのかっこよさ

ここでいうのは、ハードボイルドのヒーローとしてのだが、


それは映画「マルタの鷹」のサム・スペード役にかなわない、と思う

 

 

「マルタの鷹」の原作はダシール・ハメット
ハメットはこの作品でハードボイルドというジャンルを作り上げたという

 

ハードボイルド……
ミステリーにもあまり詳しくないし、
中でもハードボイルドのジャンルは今までほとんど触ってないのだが……

 

じつは、フィッツジェラルドからヘミングウェイあたりに行こうと思った

しかし、何の気なしに「マルタの鷹」のDVDを取り出してしまい……

それとともに原作の小説も読んでしまったのだ

 

今回読んだ原作が
若干の読みにくさは、古い訳のバージョンだからかもしれない

 


今は新訳が出ているからもう少し読みやすいのだろう

 

 

私立探偵サム・スペードは、「妹が駆け落ちしそうなので取り戻したい」という若い女性の依頼を受ける
妹の駆け落ち相手を尾行したサムの相棒が殺され、さらにその駆け落ち相手も殺されて……

 

という、巻き込まれ型から始まり……

 

ここから、聖ヨハネ騎士団マルタ騎士団)の財宝=マルタの鷹の行方は……

 

と、広がっていくストーリーは読者(映画の場合、観客)をひきつけてやまない

 

ハードボイルドとは何か……

 

古典的、本格的な探偵小説が、アッパークラスの、そしてその大邸宅が舞台なのに対して
ハードボイルドは、邸宅の外側、そして街頭がその舞台になる

 

(ハードボイルドの)「探偵は紳士ではないから邸内に客として招かれることはない(妖艶な女主人に寝室に招かれることはあるけれど)。
彼は事件を依頼されると、ダウン・タウンに出てバーやクラブ、情報屋の店、安ホテル、かつての仲間の警官、娼婦、悪徳弁護士らと接触をとっては情報を取る」
(「ミステリーの社会学-近代的「気晴らし」の条件」 (中公新書) 高橋 哲雄 pp49)

 

 

しかし、小説ではなく、映画、しかも戦前の映画となると、
閉じられた空間での密室劇にならざるを得ない
(ハリウッドがロケ中心の映画作りするのは、まだずっと先のこと、この時期はセットでの撮影が中心)

 

そこで、使われる小道具が電話である

 

電話で呼び出され、電話で指示を出し、電話で……

 

原作でも、電話は多く使われているが、
映画「マルタの鷹」のストーリーを引っ張るのは、必ずといっていいほど電話のシーンである

 

探偵事務所に、サム・スペードの住居に、ホテルのロビーに電話があり、そして街頭には公衆電話
(自分の自動車をサム・スペードは所有していない)

 

いつでも、どこでも電話が使える社会、それがサム・スペードの社会であり、
どこにいても即時的に人とつながる社会の出現

 

本格的な探偵小説が、アッパークラスを対象とした近代の物語ならば
ハードボイルドは1920年代以降の現代社会の物語に他ならない

 

ハードボイルドのヒーロー像

 

探偵サム・スペードはホットでありつつ、クール
まさにハードボイルドのヒーローといえるだろう

 

さまざまな女性に手を出すし、さらには平気で突き放すし……
警察に反抗的で、脅しや嘘は日常茶飯事

 

そう、ジェントルマンでは決してない

 

アイリーン・アドラーを「あのひと」と呼ぶホームズ(ボヘミアの醜聞)や
初期はともかく、中期以降好々爺になってしまうポアロ
とは、全く違う魅力なのだ

 

敵にだって、警官にだって、ヒロイン?に対しても
冷徹な言葉をまくしたてるサム・スペード=ボギー

 

しかしだからといって、利己的かというと、意外とそうではない

 

サム・スペードは言う

「いいかね、男というものは、自分の仲間が殺されたら、黙って引っこんではいないものと、世間から考えられているのだ。
このことは、当人がその仲間をどう思っているかということとは、関係がないんだ。
殺された男が自分の仲間であれば、何かしなければならないということになっているんだ」
(「マルタの鷹」 (創元推理文庫) ハメット pp335-336)

 

ここには一つの行動規範がある

 

「ハードボイルドの探偵たちはそれなりに十分倫理的であり、しばしば禁欲的でさえある。
彼らは危険とは不釣り合いにわずかな謝礼のため(というよりは多くのばあい自己満足のため)、信頼できるかどうか心もとない依頼人のために身を挺するのである。
彼らはイギリス・ミステリーの倫理的背景になっている″法“と″秩序″および″正義″のうち、前二者はほとんど無視し、もっばら″正義″を行動規範とする」
(高橋 哲雄 pp147-148)

 

その結果、
単に導入部だったはずの相棒の死と、その犯人とはだれかが、最後にもう一度クローズアップされる

 

そして、ラストシーンへ……

 

やはりラストシーンは映画が素晴らしい
(以下のシーンは原作にはない)

 

サム・スペードの部屋に犯人を捕まえに来た刑事が証拠品の黒い鳥の置物を持って尋ねる
「重いな、これは何だい?」

 

サム・スペードは答える

“The stuff that dreams are made of”
「夢がつまった塊さ」