過去との対話を楽しめる…そんな人間でありたい

まずは読んだ本の紹介……そして広がる世界……だといいなあ

023) 「恐れ入谷の鬼子母神」にて、思う

ある日のこと、鶯谷駅より散歩を始める

 

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鶯谷駅も何回も来たことがあるが、
北口に来たのは初めてだ


北上し、荒川区に入る
この辺りの道がくねくねと入り組んでいる

 

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たぶん、元は川だったと思われる


これだけ入り組んでいるということは
震災(関東大震災)の影響が少なかったのだろう


実際に、下谷警察署、金曾木小学校の沿革を見ると
坂本警察署(下谷警察署)は震災で焼失し、金曾木小学校を臨時に使用したとある

 

taito.ed.jp

www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp


碁盤の目状になっている国道四号線の東側とは大きく違うのもうなずける

 ここで、本当ならば、もう少し北上して
都電荒川線東京さくらトラムとか、やめてほしいw)の三ノ輪橋駅に行くべきなのだが、


時間の都合もあり
メトロの三ノ輪駅のあたり
そう、国道四号線と国際通りのY字路わたり、土手通りへ

 

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土手通りを南下すれば……


そう、「あしたのジョー」の舞台だ


土手通りの西側が吉原という街
そして東側が山谷という街


ジョーが命を燃やしてから半世紀がたち
21世紀も半ばになりつつある今、周辺の風景は大きく変わった


そんな下町の風景を見つめ、「似てない」といわれ続けるジョーは何を思うのだろうか

 

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スカイツリーを見ながら、右折すれば、浅草

 

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六区あたりで鯛焼きを食べたら、西へ戻る
かっぱ橋商店街を抜けて、


住宅街の公園

 

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そして、鶯谷駅からスタートした散歩は、ぐるーり一周して
真源寺、入谷の鬼子母神へと戻る

 

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「恐れ入り谷の鬼子母神


「その手は桑名の焼き蛤」
とともに、国語の副読本で覚えた記憶がある
ちなみに
「なんだ神田の○○」はいろいろあるみたいだ


鬼子母神の伝説は
子どものころ、手塚治虫の「ブラックジャック」で教えてもらった

 

ja.wikipedia.org


ブラックジャック」『鬼子母神の息子』という話は誘拐犯が主人公だが


この入谷で、かつて有名な誘拐殺人事件が起こったことはもう忘れられつつある
それは1963年に起きた吉展ちゃん誘拐殺人事件である


今回散歩した入谷、三ノ輪などの下町がその事件の舞台である


この事件の詳細については


「誘拐」 (ちくま文庫) 本田 靖春(2005年)

 

 

という本が詳しい


比較的詳しく描かれているWikipediaの記事もこの本が底本であることは間違いがない

 

ja.wikipedia.org

(事件の詳細については、Wikipediaをご覧になってください)


前回の(もうずいぶん前になるが)「天国と地獄」を観たあと、
電子本棚にこの本が積読のままになっていることを思い出して、
慌てて読んでみたのだ


ぼくと同じように……というと変な話ではあるが、
この事件の犯人は映画「天国と地獄」の予告編を見たことで、誘拐を思いついたという


この映画では、仲代達矢が演じる戸倉警部が執念の捜査をするわけだが
実際の誘拐事件では、警察の初期捜査はお粗末なものだったとしか言いようがない


逆探知ができなかったのは、当時の電電公社の問題なので、仕方がないにせよ
そもそも警察が録音機を用意しなかった(初期の段階で営利誘拐ではないと判断していなかった)ので、被害者の家族が用意するものを使ったこと
身代金の紙幣のナンバーを控えることすらしてない(映画では何時間もかけてするシーンがある)こと
身代金を渡す際に、被害者の母との調整ができずに、張り込み・尾行ができなかったこと


この初期捜査の数多くのミスが事件を長引かせ、
警察は公開捜査に踏み切ることになる(警察と報道機関が報道協定を行った最初の事件だった)
情報募集のために、犯人の声を録音したものがメディアに登場し、
国民的関心ごとへと発展し
「戦後最大の誘拐事件」に数えらえることになる


実行犯は、捜査の早い段階から捜査線上に上がっていたのだが、
自分たちが張り込み・尾行に失敗するぐらいなのだから、
足の悪い男では実行不能というバイアスがかかったのだろうと思う


その膠着状態を打ち破ったのが、「昭和の名刑事」平塚八兵衛であり、
アリバイ崩しの過程と自供を得る過程については、
平塚本人の語る「刑事一代-平塚八兵衛の昭和事件史」 が詳しい


「刑事一代-平塚八兵衛の昭和事件史」 (新潮文庫) 佐々木 嘉信(2004年)

 


「誘拐」を読んでみて、つくづく思うのは、
三者の善意と敵意が非常に「日本人らしい」と感じることである


被害者宅には多くの励ましや慰めの手紙が届くわけだが、逆に悪意も届いたりする


(公園の水飲み場で誘拐は起こったのだが)
「公共の水を手前勝手に使うから、そういう目にあうのだ」(「誘拐」p205)
という匿名の手紙が届いたという


いまの「正義マン」や「炎上」と同じ心性はずっと続いているのだろう

 


「誘拐」の著者・本田靖春は被害者家族だけでなく、犯人に対してもやさしい
その生い立ちから人間像を細かく描写していき、事件後の刑の執行までを描く


犯人は自供以後、自ら悔い、極刑を望むようになった
死刑囚になってからは、数多くの短歌を詠み、同人誌に投稿するようになる
その際のペンネームを「福島誠一」といい、故郷の福島と誠意第一を意味していた


鬼子母神伝説では、
釈迦に自分の子どもを隠された鬼子母神は諭され、改心し、子どもと安産の守り神になった


犯人・小原保は
刑の執行の際に、平塚に「真人間になって死んでいきます」と伝言を伝えたという

 

ぼくは、鬼子母神の前で小さく手を合わせて、そこを後にした……