過去との対話を楽しめる…そんな人間でありたい

まずは読んだ本の紹介……そして広がる世界……だといいなあ

036)文三君と五代君……二葉亭四迷『浮雲』と高橋留美子『めぞん一刻』

久しぶりに 『「坊っちゃん」の時代』を読んだ
……というブログ記事を、これまた久しぶりに描いたのが、前回のこと

 

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ブログをまた書かなくては……
と、思ったのが、先月の半ばだから
一本の記事に半月もかかってしまった
困ったものである


あるものを書こうとすると、
その周辺を調べ物をしざるを得ず、
調べ物がどんどん増えて……


「お勉強しました~」という文章仕掛けないのが悲しい……


今回もいろいろと勉強をしたわけだが、
そもそも考えてみると、
二葉亭四迷はもちろんのこと、
漱石も、鴎外もあまり読んだことがない自分に気づく……


せっかくだから、たくさんは読めないけれど、一つ二つは読んでみよう……
まずはスタートの二葉亭四迷からだろう……

 

ぼくのリアル趣味で出かける場所のすぐ横にあった

 

そもそも、二葉亭四迷を読もうと思うと、三遊亭円朝はどうする?
という疑問がわいてくる

しかし、落語をはじめとした演芸ジャンルはまったくの苦手だし……
青空文庫から何本か落として、こっそり読書用のタブレットに入れておくだけにして
見なかったことにしようかな……


……
というわけで
浮雲』……読んでみた!

 

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千早振(ちはやふ)る神無月(かみなづき)ももはや跡二日(ふつか)の余波(なごり)となッた二十八日の午後三時頃に、
神田見附(かんだみつけ)の内より、 
塗渡(とわた)る蟻(あり)、散る蜘蛛(くも)の子とうようよぞよぞよ沸出(わきい)でて来るのは、
孰(いず)れも顋(おとがい)を気にし給(たま)う方々。 
(『浮雲二葉亭四迷 青空文庫 ただし、改行は引用者) 

 

これが、出だしの文
意外や意外、すらすらと読める
(フリガナの部分を()書きにしたのでその分読みにくいかも)


青空文庫の所蔵されている版が新字新仮名であることを考量しても、パラパラと読み進めることができる
とくに第一篇は心理描写よりも、噺風の、これが上記円朝の影響といわれるゆえんだろうが、リズムの良さが感じられる
言文一致の、もちろん、おかげなのだが、使われているボキャブラリーが、現在ものとあまり変わってないことも大きい


ぼくはまず、「読めた」そのこと自体に驚き、感動した
だって、『浮雲』第一篇は1887年(明治20年)の作品……130年以上前の作品なのだから……


いっぽう、お話の筋というほどのものはない


主人公の内海文三が免職されたところから、下宿先の叔母との関係がぎくしゃくし、
従姉妹で許嫁同然だったお勢は、世渡り上手で、おしゃべり上手の、友人本田昇に心を寄せていく
その姿を見て、文三は煩悶ずる


まあ、それだけの話である


それだけの話であるのだが、
免職された文三君がその事実を下宿の主人である叔母に伝えようとするシーン


いろいろ世話してもらっているから、当然伝えなくちゃいけないし……
かといって、従姉妹のお勢がその場でいたら極まりが悪いし……


と、延々と悩む文三君の姿を読んで、ぼくは思った


「五代君、そっくりじゃん」


ぼくは『めぞん一刻』(高橋留美子 1980-87年) の五代君を思い出したのだ

 


そう、五代君が大学を卒業し、バイトしていた保育園を首になってしまったときのことを……
お弁当を作ってくれる管理人さんにその事実をなかなか言い出せない……
「言わなくちゃ」「言わなくちゃ」……「でも、言い出せない」……


こうした不器用な青年像としての五代君は、文三君によく似ている


優柔不断で、内気な五代君は、運のめぐりあわせが悪くいつも苦労するし、
文三君は融通が利かず、上司におべっかを使えないわりに、プライドの高さが邪魔をする


ということは、両者ともにライバルがいるわけで、


美男子、金持ちの御曹司、スポーツマンで、口も上手な三鷹さんと
世渡り上手、おべっか上手、口説き上手の本田君


これまたパラレルな存在として、登場しなくてはならない


文三君が、本田君に、否、明治という現代社会に対して「負ける」と同じように、
五代君もバブル経済へと進む現代社会にもてあそばされ、苦労する


1887年と1987年、百年という時を経ても、
青年は同じ悩みを持ち続けていたのだ


こうした恋に、進路に、人生に、悩む青年像
人の生き方とは何か?


その答えを求めた『浮雲』が作り上げたもの
それは、「青春」そのものに他ならない

 

035)『坊っちゃん」の時代』との出会い


小説や映画だけではなく、やはりマンガもぼくの人生に大きな影響を与えている

今でこそ(新しい)マンガをほとんど読むことがないが、かつては当たり前のようにマンガ少年だったし、多くの事柄はマンガから得たものだった

その中でも最も影響を与えてくれたものは『「坊っちゃん」の時代』(関川夏央谷口ジロー)シリーズだろう

 

 

明治39年(1906年)から43年(1910年)にかけての文人たちを描いた作品群である

第一部:「坊っちゃん」の時代……夏目漱石とその周りの青年たち
第二部:秋の舞姫……森鴎外二葉亭四迷
第三部:かの蒼空に……石川啄木とその周辺
第四部:明治流星雨……幸徳秋水と菅野須賀子※(大逆事件
第五部:不機嫌亭漱石……漱石の「修善寺の大患

※管野須賀子なのか、スガなのか、実は難しい。この時代の女性名の「子」の有無は曖昧としか言いようがない

関川夏央はこの作品の意図についていう

「彼ら(明治人……挿入引用者)の言動と行動、悩みと喜びを共有できるなら、明治人が作り上げるドラマはすなわち現代人のドラマに他ならない」(『明治流星雨』関川夏央谷口ジローp294)
「その日露戦争後の数年間こそ近代日本の転回点であったと見とおした」(『不機嫌亭漱石関川夏央谷口ジローp310)

こうして、漱石、鴎外をはじめとして、さまざまな文人、知識人が描かれる

手法としては、山田風太郎の得意とした「明治もの」と同じく「実在の人物たちが、もしも、意外な場所で出あっていたら」というものだろうが、
シリーズ後半になるにしたがって、そうした「if」の要素はだんだんと消えていく

そう、谷口ゴローの作画がだんだんと劇画調からはなれ、白く、細く、丸くなるのパラレルで……

 

22年2月 谷口ジロー展 世田谷文学館にて

『「坊っちゃん」の時代』の時の絵とはだいぶ違う

 

………そういえば、ずいぶん読んでないなあ、山田風太郎の「明治もの」

ぼくにとっては、『「坊っちゃん」の時代』で「明治もの」に入り、
その後、山田風太郎の「明治もの」を読むという逆転現象になっているのだが、
それは仕方がないことといえるかもしれない

というのも、第一部の『「坊っちゃん」の時代』の単行本が出たのは、1987年であり、
薄れつつある記憶を紐解けば、当時の実家の新聞……毎日新聞だと思うが、その書評が載っていたのだと思う
その書評を読んで、興味を持ち、白面の美少年だったぼく(ん?何か問題がある?)は近くの本屋に駆け込んだのだろう

だから、本棚にある(マンガは電子化していないので)色あせした『「坊っちゃん」の時代』の単行本も初版本である

あれから35年……
『「坊っちゃん」の時代』に出会わなかったならば、
明治からの日本近代、あるいは江戸後期以降の近世・近代に興味を持つことは少なかったかもしれない
『「坊っちゃん」の時代』シリーズに登場する群像たちを追いかけつづけて、35年が過ぎたといってもよい

『「坊っちゃん」の時代』について、言うことも色々あるが、
今回思い出したのは、第二部『秋の舞姫』である

 

 

シリーズほかの作品とは違い、この『秋の舞姫』は、途中で明治42年をはさみつつも、明治21年が舞台となっている

ドイツ留学から帰国した鴎外森林太郎、その鴎外を追って来日した少女、
そしてふとしたことから二人と知り合った二葉亭四迷長谷川辰之助
この三人の物語が、二十一年後の二葉亭四迷の死とその葬儀を挟みつつ、紡がれる

そう、いわゆる「エリス来日事件」である

個人の愛をとるのか、国家への義務をとるのか……
近代的な自我に目覚めた知識人は、個人、家族、国家の間で悩むことになる

知識人=インテリの語源であるインテリゲンツィヤという言葉はロシア語由来であり、
近代西欧文明にぶつかったロシアの知識層の悩みは
そのまま近代日本の知識層の悩みである

遅れた自国社会を眺めつつ、人はどう生きたらいいのか?

西欧化するべきなのか、土着の文明を守るべきなのか
自由に生きるべきなのか、義務に生きるべきなのか

そうした悩みは、150年という時を経ても、
いまだ我々の社会に残り続ける

「ありていにいえば、白人が東アジア人より美しいと見えたときに、日本の、あるいはアジアの苦悩は始まった」(『秋の舞姫関川夏央谷口ジロー p284)

ロシアを知る二葉亭四迷長谷川辰之助
ドイツを知る鴎外森林太郎
そして、イギリスを知る漱石夏目辰之助

彼らこそ、この悩みに直面した最初の知識人たちなのだ

……明治42年二葉亭四迷の葬儀の帰り道
鴎外は漱石に次のような章句をつぶやく


見よ此処に
無用の人

かつて有用と
信じて徒(いたず)らに
おのれを恃(たの)み

いま 無用と
信じて果てた
有用の人の墓前に
黙して佇(たたず)む

誰か知る
かの人にも
胸高鳴れる
初夏のありしを
(『秋の舞姫関川夏央谷口ジロー p270)


明治人の苦悩と現代人の苦悩と……

ぼくは上の章句を友人の死を伝え聞いたこの一月、思い出したのだ

若くして亡くなった、まさに有用な人よ
無用な人が残る、この悲しさ
せめて、安らかに眠りたまえ……

 

034) 本線に戻って……川島雄三の『しとやかな獣』

途中でロシアさんが邪魔をしたので
前回ではなく、前々回からの続きになる


川島雄三の晩年の映画2本目

『しとやかな獣』(1962年)

 


ある団地の一室、中年夫婦が客を迎えるために部屋を片付けているシーンから話は始まる
片付けているといっても、わざと部屋のみすぼらしくしているのだ
なぜか?
中年夫婦の息子が会社の金を横領し、雲隠れしたため、社長一行が文句を言いに来るのだ


中年夫婦は恐縮して、平身低頭を繰り返すが、
結局のところ、知らぬ存ぜぬの態度を覆すことがない
話は平行線に終わり、しびれを切らした社長たちが帰ると、息子が戻ってくる


「おまえ、うちに入れたの 50万ばかりだけど、あとはどうしたんだよ」
父が息子に尋ねる


両親もグルというか、息子の横領した金額前提の生活である


さらに、流行作家の妾をやっている娘が、「作家に愛想つかされた」と戻ってくる
娘へのお手当以上に、父が作家から金を大金を借りたことが原因で……


父が流行作家に娘を紹介し、二号にするように勧め、
作家が娘のために借りた団地に一家で寄生する


息子の横領、二号の娘
そのあがりで行われる「文化的生活」


海軍中佐だった父とその家族は、戦後苦しい生活を強いられた
その反動から、この金に汚いというか、他人の金をあてにぜいたくな生活をしているのだ


その後、
娘をかこっている流行作家
息子の会社の会計係、若尾文子が演じる会計係こそ、この騒動の中心人物なのだが
会社の社長
バーのマダム
などなど、立ち代わり入れ替わりやってくる人々


これら立ち代わり、入れ替わりやってくる人々に対して、
この中年夫婦の飄々としたといっていいのか、ぬけぬけと悪びれない態度に、笑みがこぼれてしまう
ああ、これを「しとやかな」態度といえばいいのか


父親役は伊藤雄之助
ぼくはさすがにほとんど見たことがない役者だけれど、最晩年の『太陽を盗んだ男』の老人テロリスト役が印象深い

 

ja.wikipedia.org

 

母親役は山岡久乃
日本のお母さん! こんな役もやるんですねw

 

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ほかの川島雄三の映画と違って、街の風景、風俗を描くことをしない
この映画はほとんどがこの団地の一室で話が進んでいくのだから
(東京の晴海団地が舞台だそうだが、外からの風景はラストシーンのみ)


そのかわりに描いたものは、高度経済成長という風景である


団地という生活様式

水洗トイレ、シャワー、冷蔵庫、テレビ、(画面では出てこない)クーラーと自動車


1955年経済白書が「いまや戦後ではない」宣言を行い
1958年のミッチーブーム(現在の上皇上皇后の結婚)がおこり
三種の神器」、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が普及しはじめ
まさにこの映画の公開の年1962年以降日本はオリンピック景気に沸き
3Cといわれる新三種の神器、カラーテレビ、クーラー、自動車がもてはやされることになる


上のさまざまな小道具はまさに高度経済成長のこうしたシンボルたちばかりだ


これらを他人の金で楽しむ生活
そして、それが当然であるかのような意識
それは貧困への恐怖で正当化される


「おまえたちはまたあの時のような生活をしたいのか!……」
「……貧乏が骨の髄までしみこみ……貧乏で体中が汚れてしまった」
父親は叫び、家族は全員ただ黙るだけだ


貧困への恐怖と豊かさの幻影
高度経済成長を支えたものの正体


欲望に満ち溢れた登場人物たち
彼らが「昭和レトロ」に登場することは決してないだろう
それは我々が見たくない「過去」なのだから


そうした「醜悪」をユーモアで包む力量


脚本・新藤兼人
監督・川島雄三

 

さすがふたりの鬼才がタッグをしただけある映画である

033) 今回のロシアによるウクライナ侵攻について……

川島雄三の映画の話をしようと思っていたら、
ロシアがウクライナに侵攻してしまった


このブログで時事ネタはいかがなものかと思っていた
しかし、この状況下で全く無視するのも、それはそれでいかがなものかという気がする


なので、川島雄三は、次に回して、ちょっとだけ考えてみる


あたりまえだが、ぼくは単なる素人なので、詳しいことを語る気もないし
どこかの責任を追及したり、また煽ったりしたりするつもりもない


今回のウクライナ問題が話題になり始めたときに
オリンピックが終わったら、ロシアは侵攻するだろうと思っていた
というより、プーチン大統領は引くことができないだろう、と


第一に
ウクライナが敵性同盟のNATOに加わることをロシアは座視できてない
喉元にナイフを突き刺される前に、その危険を排除しざるを得ない
それが、ロシアの言い分であろう(それが正しい、正しくないの話ではない)


第二に
そもそも今回のウクライナ問題が起こった始まりは
2014年ソチオリンピックの時に親ロシア政権が倒されたことに始まる
オリンピック中でロシアが動けないことを見越して……と勘繰りたくなるタイミングで
そして、今年北京オリンピック中に事を動かせば、中国のメンツをつぶすことになる
自分はメンツをつぶされたプーチン大統領は、中国のメンツを大事にするだろう


そもそも東中欧諸国がそれぞれが多く中世に起源をもつものの
実際には第一次世界大戦後に、西欧によるソ連に対する緩衝国として建国された
という、悲しい現実がある


そして、バルカン半島の話の時に軽く触れたが、
それぞれ民族で分断され、モザイクのような小国が乱立してしまった
(それぞれが自分たちの歴史上一番広い領土の時を理想にするから、さらにややこしい)

 

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その結果、
ロシアも、そして東中欧諸国も、お互いに恐怖心を持つことになる


つまり、
ロシアは、西欧からの侵略の歴史(ナポレオン戦争、対ソ干渉戦争、ナチスドイツ)におびえ
中欧は、ぎゃくにロシアの支配の歴史(ロシア帝国ソビエト連邦)におびえる


この恐怖の連鎖が排外主義と安全保障への過度の傾斜を呼んでしまう


英米はこの恐怖心についての認識が少し甘かったのじゃないかなあ
と、素人考えですが、ぼくはそう思う


以下、古い本が多いけど、
この周辺についての、ぼくの電子本箱から、いくつか紹介を


『ロシアとソ連邦』 (外川継男 講談社学術文庫 1991年)

 

 

キエフ・ルーシ(キエフ・ロシア、あるいはキエフ国家※)から
ちょうど冷戦が崩壊するぐらいまでのロシアの通史であ、
今のロシア連邦についての記述はない
が、啓蒙的なロシアの通史としては出来がいいと思う


※ロシアの、ウクライナの、そしてベラルーシのオリジンであるこの国家についての名称を確定できないところも、今回のウクライナ問題の根っこにある


『物語 ウクライナの歴史-ヨーロッパ最後の大国』 (黒川祐次 中公新書  2002年)

 

 

ウクライナの通史になると、ロシアよりももっと少ない
その意味では今でも貴重な本、増補版が出てくれると嬉しいな
キエフ・ルーシから独立までの通史になる
作者が歴史学者ではなく、外交官であることも、この国の歴史が我々にとって空白に近いことを教えてくれる

 

ソ連史』(松戸清裕 ちくま新書 2011年)

 

 

ソビエト連邦史の啓蒙書
ソ連が崩壊して、20年ぐらいたたないと、一般的な通史をなかなか描きにくい
そこが歴史学という学問らしさである


ロシア革命--破局の8か月』 (池田嘉郎 岩波新書 2017年)

 

 

1917年ロシア革命で何が起こったのか
ぼくは1904~24年までのロシア革命全体について整理ができていない
第一次世界大戦とロシア、そして革命に対する干渉戦争
これらを含めた全体像がわからないと、ソ連もわからないのじゃないかなあ


『ロシア精神の源-よみがえる「聖なるロシア」 』(高橋保行 中公新書 1989年)

 

 

ギリシア正教からロシア精神を考える本
ロシア文明が西欧文明と違うものであるとしたら、やはりギリシア正教についてもっともっと知るべきだろう
千年以上にわたるロシア文明史に最も影響を与えているのがギリシア正教なのだから

 

……
まあ、月並みだが、
市井の人々の被害が少ないことを祈ります
どんな時も一般市民が犠牲になるものだから

 

032) 川島雄三の『雁の寺』を観る

またまた古い話で恐縮だが、
むつ・田名部を訪れたのは四半世紀ぐらい前の話だろうか

 

野辺地から大湊線
そして、下北駅で、当時はまだ走っていた大畑線に乗り換え、田名部へ至る
大畑線は2001年の廃止だから、出かけたのは、前世紀になる
田名部から恐山へと向かう旅の途中だった

 

その途中、田名部のあるお寺、に寄ったことを覚えている

 

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そこには、映画監督・川島雄三の墓があったからだ
(アナログ時代のこととて、写真はどこかにあるだろうが、見つけられない)

 

映画監督・川島雄三

 

ja.wikipedia.org


代表作は言わずと知れた『幕末太陽傳』(1957年)

「傳」は「伝」なので、『幕末太陽伝』でも全く問題なし

 

どうでもいいが、ある一部の範囲だけ旧漢字を使いたがる、この頃の風潮はいかがなものか
どうせなら、全部使えばいいのにね

 

この映画についても、そのうち語りたいと思うが、いつものように後回しにして……

 

筋萎縮性側索硬化症により45歳でこの世を去る

粗製乱造の感があるが、
シリアスも、コメディもどちらも撮れて、その根本には人間性へのシニカルな視点がある
(失われつつある)当時の社会・風俗への冷たくも、温かいまなざし(矛盾のようで矛盾ではないw)

 

彼の作品において、排泄にかかわるシーンが多いことは
彼のシニカルが、昨今流行りの「冷笑系」とは違い、人間の生をリアルにダイレクトにとらえようとする姿勢である

 

というわけで、
短め路線で川島雄三の作品を何本か紹介していきたいと思う

 

今回の作品は彼の晩年の作品

『雁の寺』(1962年)

 

 

水上勉の作品の映画化


原作を……というか、水上勉の作品をぼくはあまり読んでいない
読んだのは『飢餓海峡』ぐらいだが、この話もいずれまたしたいと思う

 

京都の禅宗の寺の和尚・北見慈海は、襖絵師の死によって、その愛人・里子を譲り受ける
さらに、寺の小僧・慈念に対して、「修行」と称して、あたかも奴隷かのようにあつかうのだった
慈海と暮らしていく中で、慈念の身の上を聴いた里子は彼への同情の念を強くしていく
ある雨の夜……出かけた慈海が寺に戻らない
さらに次の日にはある檀家の通夜を執り行わなければならなくなって……

 

愛人・里子役の若尾文子の肉感が光る映画だが
慈海が里子を愛人にしようと口説こうとする場面、
そこに、慈念にし尿の処理をさせるシーンを加える

 

この辺が川島雄三らしさといえる
人間関係だけでなく、人間の持つ根源的な欲が露わにされるのだ

 

そして、映画の最後、唐突に画面はカラーになり、
現代の京都、その禅宗の寺の襖絵を鑑賞する外国人観光客たち
エンドマーク

 

この唐突感のある終わり方も川島雄三だなあ
第三の壁を壊すことこそ、川島雄三が『幕末太陽傳』がやりたかったことなのだから

 

次回は『しとやかな獣』の予定

 

 

 

 

031) 古代ローマの本について、ちらほらと

前回のブログを書いた後、ふと、古代ローマの本を読みたくなった

 

その理由はあとで述べるつもりだが
そのために、書くべき予定で準備していたものが、後回しになる
これがぼくの悪いところで、あっちへふらふら、こっちへふらふらとしてしまうのだ


なんとか、今週来週とブログを多めに書きたいと思うのだが、果たしてどうなるだろうか


んで、今回の本題は古代ローマ

 

昨今、古代ローマも人気のカテゴリーらしく、関連する本も多く出版されているみたいだ
前世紀とは 隔世の感あり ということだろうか


ぼくの電子本箱にも古代ローマの本はかなり多い方だと思うが

このジャンルはやはりギボンの『ローマ帝国衰亡史』をあげるべきだろう

 

ぼくは、岩波文庫版も、ちくま文庫版も持っているのだが、まだちゃんと読んでいないw
死ぬまでに、読むべき本の一等上にランクインしているのだが……

 

 

同じ本で、二つの版を持っているといえば、
シェンキェヴィチの『クォ ヴァディス』(河野与一・訳)『クオ・ワディス』(木村彰一・訳)、ともに岩波文庫

 


昔々、若いころ、旧漢字の河野版を一生懸命読んだ覚えがある
それが何十年かして、木村版を読んだら、それはそれは読みやすかった(当たり前か)


ローマ軍人ウィキニスとキリスト教徒の少女リギアの恋愛を軸に、
狂言的な役回りのペトロニウスが皇帝ネロの時代をぼくらに伝えてくれる
クライマックスは、もちろん、ローマ大火とキリスト教徒の迫害


大河小説ってこういうものですよね~と、楽しく読める


詳しくは、別の小説と合わせて、お話したいので、別の機会に……


さて、今回、まず読んだのは
『ローマはなぜ滅んだか』 (弓削 達  講談社現代新書 1989年)
1989年! 30年以上振りに読んだことになる 

 


この、とてつもなく、魅力的な題名を持つ本書は
ローマ帝国の支配の実情をまず述べる
 ・道路網 (これはペルシアの王の道の模倣だし、そもそもアッシリアの駅伝制度だろう)
 ・経済構造とその実体、その経済的基盤(古代に資本主義はあったのか?)
 ・爛熟したローマ社会・生活風景(女性解放、性の解放??)

 

そして、この後、「なぜ滅んだのか?」という考察に入るわけだが、
 ・ローマ帝国内の「中央」と「周辺」
 ・「中央」としてのローマ帝国と「周辺」としての帝国外部
 ・ローマ帝国末期ローマ人のゲルマン人


作者は、最先進国としてバブルに沸いた当時の日本社会を念頭に、「ローマの滅亡」の原因をこう述べる


「中央」と「周辺」の交代をローマ人たちが認識できなかったことが、ローマ文明の最終的な崩壊へつながった、と。


「周辺」から「中央」への変化はわかりやすいが、
その逆を自分たちが認識するのは、すごく難しいということだろう


失われた30年が続き、「衰退国家」日本というワードが、いまや毎日のように語られるようになっているが、
はたして、「周辺化」という事実をぼくらは受けれいることができるのだろうか?


……
いつものことだが、話がそれてしまった
話をローマの本に戻そう


前回、「英雄譚」について書いていた時に、
『ローマの歴史』(中公文庫 I.モンタネッリ 1979年)を思い出した

 

 

このモンタネッリの『ローマの歴史』以上に、「おもしろい」歴史物語はないだろう
昨今、ローマ史関係の本は数多くあると思うが、「おもしろさ」ではこの本に勝る本はないんじゃないのかなあ


神話時代のローマ建国から、東西ローマの分裂まで、
政治史だけではなく、文化や社会まで、
後期帝政に関しては、ちょっと駆け足だけれど
そもそも、この時代の話は複雑怪奇でわかりにくいので仕方がないw


丁寧でいて、かつ簡潔、さらには非常にウィットにとむ文章
つぎからつぎへとページをめくってしまう快感
こんな文章をぼくも一度でもいいから書いてみたいものだ


もしも、ローマ史を知ってみたいな という人がいれば、
ぼくが一番にお勧めする本である


そして、この本の始まりのあたりにこんな文章がある


「負けいくさに武勇伝はつきものである。負けた時には『栄光のエピソード』を発明して、同時代人と後世の目をごまかす必要がある。勝ちいくさにはその必要が
ない。カエサルの回想録には武勇伝は一つもない。」(『ローマの歴史』 p53)


英雄を称賛することにはやぶさかではないが
個人の英雄的な行為によってしか成り立たない国家を手放しで称賛することができるだろうか?


と、前回のブログで書いたときに、上の文章を思い出したのだ
もう何十年も前、最初にこの本を読んだとき、一番最初に心に残った部分だ


「まったくその通り」
と、ぼくが当時も、そして今も同じ感想なのは、
ぼくが進歩していないからなのか、それとも……

030) インターミッションとして……一つの英雄譚

気象庁のHPには広告がある
国家の公式サイトとしては異例なのではないか?

 

www.jma.go.jp


広告でサイト運営を賄うのが目的とのことらしい


しかし、国土交通省それ自体のサイト
あるいは国土交通省の外局、海上保安庁観光庁のサイト
これらに広告があるわけがなく


結局のところ、気象庁の予算の余裕が少ないということになるだろう


その辺のことを
NHKは次のように記事にしている

 

www3.nhk.or.jp


国民の生命と財産を守ることが、国家の最大の目的だとしたら、
その目的に直接かかわってくる気象庁の予算が少ないのは恥ずかしいことだ


しかも、
メディアでは毎日のように、「気候変動」「温暖化」ということがニュースになっているというのに……


いつの間にか、恥ずかしい国になっている
そして、それに慣れっこになっている自分がいる……それが一番恥ずかしい


ということを考えていたら、ある本のことを思い出した

 

芙蓉の人』 (文春文庫 新田 次郎 1975年)

 

 

野中到の富士気象観測所の創設と、越冬観測を、彼の妻・千代子の目を通して描いた小説である
題名の「芙蓉の人」は千代子のことであり、主人公は彼女である


より正確な天気予報のために、野中到は高層での気象観測の必要性を強く感じ、富士山頂に観測所を作ることを思い立つ
国に観測所を作るだけの予算がないというのであれば……
自費で観測所を建て、自分一人で観測をすることを決意するのだった
富士山冬期初登頂を成し遂げた野中到は私財を投じて山頂に観測用の小屋を建設、機材と食料を荷揚げし、
そして、冬、単独での越冬観測に挑む
一方、その様子を見ていた千代子は、夫を手助けするために、無断であとから登山し、合流する
夫婦二人の富士山頂真冬の気象観測が始まる……


野中到、千代子夫妻の英雄的な行為、
私財もそして健康までもなげうってまでも、気象観測をしようとする使命感
ぼくらはここに感動するわけである


野中到の、それ以上に千代子の強い意思に、もっとも感動したのは、作者・新田次郎である
彼は、あとがきでこう述べる


「この小説を書く前には偉大な日本女性の名を数名挙げよと云われても、おそらく私は野中千代子の名を挙げなかっただろう。それは私が野中千代子をよく知らなかったからである。しかし、今となれば、私は真先に野中千代子の名を挙げるだろう。」(『芙蓉の人』 p247)


野中夫妻が越冬観測を試みたのは1895年
日清戦争が「国民」を作ったという事実がここにも表れてくる

 

tankob-jisan.hatenadiary.jp


国家と国民の両者の「ナショナル・ゴール」が一致していた明治中期
個人の使命は、そのまま国家目標へと一直線につながっていた時代


あまたの英雄のいた時代……


しかし、それから125年も過ぎて
いまだに気象庁の予算が潤沢ではないことを考えるとき
国家と国民の「ゴール」は大きく位置を変えてしまっていたことに、気づかされるのだ


英雄を称賛することにはやぶさかではないが
個人の英雄的な行為によってしか成り立たない国家を手放しで称賛することができるだろうか?